大阪地方裁判所 昭和23年(行)178号 判決 1949年7月19日
大阪市南区心斎橋筋二丁目二十三番地
原告
出海政一
右訴訟代理人弁護士
金子新一
大阪市南区高津七番丁
被告
南税務署長 桑原徳一郎
右指定訴訟代理人
大蔵事務官
朝秀雄
同
小林次男
同
龍田岩夫
同
森崎勝雄
右当事者間の昭和二十三年(行)第一七八号所有権確認、差押処分取消登記抹消請求事件について、当裁判所は昭和二十四年六月二十八日終結した口頭弁論に基き次の通り判決する。
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が訴外森本友藏に対する国税徴收のため昭和二十三年四月二十二日大阪司法事務局(現在大阪地方法務局)受付第一一二八〇号をもつてした別紙物件表記載物件に対する差押処分は原告のためにこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。
別紙物件表記載の物件は原告が新築し、昭和二十一年十月十九日所有権保存の登記をしたものであるが、原告は同年十一月十三日訴外森本友藏のために右物件について始期附所有権移転請求権保全の仮登記をし同人から金六十万円を借受けたが、その後登記簿上右物件の所有者が森本になつていたため被告は森本に対する国税滞納処分により、右物件につき昭和二十三年四月二十日差押をし、同月二十二日大阪司法事務局(現在大阪地方法務局以下同じ)受付第一一二八〇号により差押の登記をした、ところで右物件の登記簿上の所有者が森本になつていた経緯についていうと、原告は右金員借受後森本に対し約定の利息を支拂つて来たが、同人が昭和二十二年五月十五日以後利息の受領を拒んだので右物件の登記簿を調査したところ、右物件についていずれも原告の知らない間に、(イ)同年一月十五日の売買を原因として訴外林俊治を取得者とする同年五月十七日第九〇九四号によつて受付に係る順位第三番の原告から林に対する所有権移転登記、(ロ)同年六月四日の代物弁済予約を原因とし、訴外横家治を取得者とする同月五日第一〇八七五号をもつて受付に係る順位第四番の林から横家に対する移転請求権保全仮登記がされていることを発見したが、原告は林に右物件を売渡した事実もなく、従つてまた横家が右のような権利者となる筋合もないので、大阪地方裁判所に対し右林、横家両名を被告として右建物所有権確認、右各登記の抹消の訴を提起したが、その後横家は、右(ロ)の登記を権利放棄により抹消し、林は右物件を、昭和二十二年六月十七日森本に売渡したことを原因として同年十二月十一日両人に対し所有権移転登記をしたものである。このような次第で元来原告は右物件を林に売渡した事実はなく従つて同人から森本に対し右のようにこれを売渡した所で、森本に対し右物件の所有権が移転するものではなく、右物件の所有者は依然原告であるから、被告が森本に対する国税滞納処分に因り右物件に対し差押をしたのは違法であつて、原告は昭和二十三年九月十一日右の事情を当事南税務署庶務課長であつた朝秀雄に説明し差押の取消、公売処分の中止を申入れたが、同人より予定通り同年九月二十日右物件の公売を断行するとの回答に接したので、右差押の取消を求めるため、本訴請求に及んだものである。被告訴訟代理人は先ず本案前の答弁として「原告の訴はこれを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めその理由として国税滞納処分について異議のある者は国税徴收法第三十一條の二により審査の請求ができるのであるから、滞納処分の取消を求める訴は、行政事件訴訟特例法第二條により、右の審査の請求に対する決定を経た後か、すくなくとも審査の請求をした後でなければこれを提起することは出来ないにも拘らず、原告はこの審査の請求をせず直接本訴を提起しているから不適法として却下さるべきであると述べ
次に本案の答弁として主文同旨の判決を求め原告の主張に対し大要次の通り述べた。
原告の主張事実中原告がその主張する物件を新築し所有権保存の登記をしたこと、昭和二十一年十一月十三日森本のために右物件にその主張のような仮登記をし同人から金六十万円を借受けたこと、その後右物件について、その主張する前記(イ)(ロ)の各登記がされたこと、原告が林、横家両名に対しその主張のような訴を提起したこと、その後原告主張のように横家は(ロ)の登記を抹消し林は森本に対し原告主張のような所有権移転登記をしたこと、被告が右物件に対し原告主張のような差押をしその登記をしたこと、原告がこれに関連して朝秀雄に対しその主張のような申入をし、同人から原告主張のような回答がされたことはすべてこれを認める。しかしながら、第一に、右物件の真の所有者は森本であつて原告ではない。もともと森本は金融業者であつて原告は同人から金六十万円を借受けるに際してその支拂確保の意味で昭和二十一年十一月中旬同人に対し右物件の権利証、原告名義の白紙委任状を差入れさせられたもので、これはいわゆる讓渡担保契約であり,このとき右物件の所有権は原告から森本に移つたものであり、仮にこのとき所有権が移つたのではないとしても、右の契約は被担保契約の履行期又は森本が原告名義の白紙委任状を使用して一方的に右物件に対する権利を処分するときに、その効果を発生するものと解すべきであつて、森本は右の白紙委任状等を使用して右物件を林に売渡し昭和二十二年五月十七日原告から林に対し所有権移転登記をしているから、おそくとも、右同日までには右の讓渡担保契約は、その効果を発生し、右物件の所有権は森本に移転していたと認められる。従つてその後昭和二十二年六月十七日の売買を原因として林から森本に対し同年十二月十一日所有権移転登記をしたことにより、同日以後再び森本は右物件に対し所有権を有していたものである。第二に右の時期に右物件の所有権が完全に森本に移転したものでないとしても、すくなくとも被告に対する関係においては右物件の所有者は森本であつて原告ではない。けだし原告は昭和二十二年五月頃にはすでに森本に対し約旨通りの利息の支拂を怠つていたので、同人はやむなく原告から差入れさせていた原告名義の白紙委任状等を使用して、右物件を林に売却することとし、所要の登記をすませたが、その後になつてこれを買戻したのであり右物件は原告と森本との間において森本が原告に対して有する債権担保のために讓渡せられたものであるから、すくなくとも第三者である被告に対する関係においては、あくまで森本が、右物件について所有権を有するものと認められるからである。なおかりに森本、林間の売買契約が無効であるとしても森本は右のように原告と同人との間の讓渡担保契約によつて、すくなくとも被告に対する関係においては終始右物件の所有者であつて、右の結論には何等変りがない。以上の理由により被告が森本に対する国税滞納処分に因り右物件に対し差押をしたのは正当で何等違法ではないから原告の本訴請求は失当として棄却さるべきものである。
証拠として原告訴訟代理人は甲第一乃至八号証を提出し、森本友藏、林俊治、原告本人の各訊問を求め、乙号各証の成立を認め、被告訴訟代理人は乙第一乃至三号証を提出し証人森岡貞夫、大場義親、中井敏夫の各訊問を求め甲第一号証の官署作成部分はその成立を認め、同号証のその他の部分及び同第二、三号証の成立は不知その他の甲号各証の成立を認めた。
理由
まず被告が本訴が不適法として却下さるべきものであると主張しているのでこの点について判断する。国税徴收法第三十一條ノ二によると国税滞納処分に関し異議ある者は一定の期間内に政府に審査の請求をすることができることになつており(第一項)同條ノ四によると滞納処分については右の審査の請求に対する決定を経た後でなければ訴訟をなし得ないとされていたのであるが(第二項)、この後の点は昭和二十三年七月十五日から施行せられた行政事件訴訟特例法第二條本文も全く同趣旨のことを規定している。そして原告が本訴を提起するに先だつて審査の請求をし、これに対する決定を経ておらないことは原告が明らかに争わないところである。しかしながら別紙物件表記載物件に対し滯納処分に因る差押がされるのは昭和二十三年四月二十日であり、同月二十二日その登記がされ、その公売期日が同年九月二十日であつたこと、原告は同年九月十一日右物件の権利関係について原告が主張するような事情を当時の南税務署庶務課長朝秀雄に説明し差押の取消、公売の中止を申入れたが聽き容れられず、右の公売期日に予定通りの公売手続を断行するとの回答に接したことは当事者間に争ない事実であるところ証人、森岡貞夫の証言、原告本人訊問の結果を綜合すると原告が右差押のあつたことを知つたのは同年八月末か九月始で右の公売期日も目前に迫つていた頃であつたことが認められ、成立に争のない甲第八号証も、この認定を左右するものではない、このように滯納処分のあつたことを知つた日とそれに基く公売手続の行われる日とが極めて接近しており滯納処分のあつたことを知つた後直ちに審査の請求をし、それに対する決定を経た後に滞納処分取消の訴を提起していたのでは、その間に公売が実施せられ差押えられた物件に対する所有権を失つてしまう危險のあることが容易に予想せられるような場合には特別の事情がない限り審査の請求に対する決定を経ることに因り著しい損害を生ずれ虞あるものというべきであつて、右特例法第二條但書によつてこのような場合には審査の請求をすることなく直ちに訴を提起することができると解すべきである。被告はこのような場合でもすくなくとも審査の請求をすることは必要であつて、ただそれに対する決定を経ないで訴を提起することができるにすぎないと主張しているが、右の但書によると、一方で一旦訴願(審査の請求等の行政庁に対する不服の申立の意以下同じ)の提起があればその提起の日から三ケ月を経れば訴願の裁決(未定その他不服の申立に対する処分の意以下同じ)を経ることなく訴を提起できるとされているのと並んで、それとは別個に訴願の裁決を経ることに因り著しい損害を生ずる虞のあるときその他正当な事由があるときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することができると規定せられているところから考え併すと、一旦訴願を提起した後はたんに三ケ月を経過するという事実により当然訴を提起し得るに対し特に右のような事由あるときは当初から訴願を提起することなく直接に訴を提起できることを認めたものと解釈するのが正当である。
従つて原告が国税徴收法所定の審査の請求をすることなく直接に本訴を提起したことは不適法ではなくこの点に関する被告の抗弁は理由がない。
そこで進んで本案について判断する。別紙物件表物件は原告がこれを新築し所有権保存登記をしたこと、原告が昭和二十一年十一月十三日訴外森本友蔵のために右物件について始期付所有権移転請求権保全の仮登記をした上、同人から金六十万円を借受たこと、その後原告の主張するように右物件について、(イ)(ロ)の登記がされ、これに関し原告が訴外、林俊治、横家治両名に対し訴訟を起したが、横家は右(ロ)の登記を抹消し林は森本に対し昭和二十二年六月十七日の売買を原因とし同年十二月十一日有物件の所有権移転登記をしたこと、被告が森本に対する国税滯納処分に因り有物件に対し、昭和二十三年四月二十日差押をし同月二十二日大阪司法事務局受付第一一二八〇号をもつて差押の登記をしたことは当事者間に争のない事実である。
成立の争のない甲第七号証、乙第一、二号証に証人森本友藏、林俊治、中井敏夫、大場義親の各証言及原告本人訊間の結果(後記の信用しない部分を除く)を綜合すると原告が本件物件について金融業者である森本のために始期附所有権移転請求権保全の仮登記をして金六十万円を同人から借受けた昭和二十一年十一月十三日当時原告と森本との間には森本の原告に対する右金六十万円の債権の担保として右物件を森本に差入れる契約がせられており、しかもその担保の形式については何等の制限もせずその一切を森本の選択に任せていたものであつてそのために原告から右物件の権利証、印鑑証明書は固より原告名義の白紙委任状数通を森本に交付していたもので右に所謂担保の中には讓渡担保もまたこれを除外するものではなかつたこと、前記始期附所有権移転請求権保全仮登記も右約束に従つて森本が任意選択してこのような登記をしたものであるが、その後森本はまた右委任状等を使用して森本の原告に対する右債権を肩代りせしめん目的で林俊治に前認定のような所有権移転登記をするに至つたのであるが、その後林から予期通りの金融が得られなかつたので、この登記を抹消することとなりその方法として同人から森本に対する前記所有権移転登記となつたものであることを認めることができる。原告本人の供述中右認定に反する部分は信用出来ないしその他右認定を覆し原告主張事実を認めるに足る証拠はない。
そうすれば森本が右物件を原告に対する右債権のための讓渡担保としてこれを同人名義とすることは原告と森本との右契約上許されたことであり、同人がこれを債権形代りの為林名義に登記したことは、或は原告との右契約の範囲を逸脱したもので、契約違反の譏を免れないかも知れないが、ともかく森本はこれにより右原告との契約上任意選択の許された讓渡担保の方法を選びその担保権を取得してこれを林に讓渡したもので、その後林と森本間の合意で右讓渡を取消し本件物件を林名義から森本名義に返還した状態は正に森本が原告との右契約上有する讓渡担保権にそれに相当する表象を具えたものであつて、原告主張のような何ら実体の伴わない表象のみが存するものということはできない。
ところで右認定のように債権担保の目的で債務者の所有する物件を債権者に讓渡するいわゆる讓渡担保の場合において、債権者が、内外の関係において完全な所有権を取得するか、または内部の関係においては所有権は債権者に移転せず、唯債権担保のために必要最少限度において所有権が債権者に讓渡されるかは全く契約当事者の意思如何によるものであるが、前段認定事実に前記森本の証言及び原告本人訊門結果の一部を綜合すると、右契約に際し当事者は、右物件について内外の関係において完全に所有権を讓渡する意思ではなく債権担保のために必要最少限度においてその所有権を債権者である森本に讓渡する意思であり、内部関係においては所有権を移転しない約束であつたことが認められる。従つて右の讓渡担保契約は森本が内外の関係において完全な右物件の所有権を取得するものであるとの前提に立つ被告の第一段の主張はこれを認めることはできない。しかしながら、右物件が前段認定のように森本の原告に対する債権担保のため讓渡担保に供せられたものである以上、それがその目的のために必要最少限度において森本に所有権が移転せられるにすぎず、内部関係においては所有権は同人に移転しない特約がある場合においても、森本は外部関係においてはなお依然として右物件の所有者と認められるべきものであるから、被告が昭和二十三年四月二十日森本に対する国税滞納処分により、右物件に対してなした差押及び同月二十二日大阪司法事務局受付第一一二八〇号を以てした差押の登記は有効であつて如何に原告が森本との内部関係においては右物件の所有者であるにしても第三者である被告に対し有所有権を主張して滯納処分の取消を求めることはできない。仍て右差押の取消を求める原告の請求は失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 山下朝一 裁判官 相賀照之 裁判官 神奈正義)
(別紙物件表省略)